介護業界が直面する3つの課題とDXによる打開策 ─ 人手不足・業務負担増・DX化の遅れを乗り越えるために ─
介護業界では、超高齢社会の進行に伴いサービス需要が拡大する一方で、人手不足や業務負担の増加、DX化の遅れといった課題が現場を圧迫しています。とりわけ、採用難や離職、記録・請求業務の煩雑さは、職員の負担とサービス品質の両面に影響を及ぼしています。本記事では、厚生労働省の最新データをもとに、介護業界が直面する3つの課題を整理し、DXを活用した打開策を考えます。
はじめに
超高齢社会を迎えた日本において、介護サービスの需要は今後ますます拡大していきます。しかしその現場では、「人手不足」「業務負担の増加」「DX化の遅れ」という3つの課題が深刻化しており、サービスの質と持続可能性を揺るがす要因となっています。
本記事では、厚生労働省が公表した「介護人材確保の現状について」(第6回社会保障審議会福祉部会 福祉人材確保専門委員会 参考資料2、令和7年11月10日) のデータをもとに、介護業界の現状と打開に向けた展望を整理していきます。

課題① 人手不足 ─ 需要拡大に追いつかない人材確保
介護業界における最大の課題は、慢性的な人手不足です。高齢者人口の増加に対して、介護職員の育成と確保が追いついていないのが実情です。
厚生労働省の試算によると、2022年度時点で約215万人であった介護職員数は、2026年度には約240万人(年間約6.3万人の増員が必要)、2040年度には約272万人(2022年度比で約57万人増)が必要と見込まれています (出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数)。
背景にあるのは人口構造の変化です。2020年に約7,509万人だった15〜64歳人口は、2040年には約6,213万人、2070年には約4,535万人まで落ち込むと推計されており、高齢化率は2020年の28.6%から2040年には約35%、2070年には38.7%に達する見通しです (出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」)。支え手が減る一方で要介護者が増えるという、まさに需給ギャップが拡大していく構造が浮かび上がります。

日本の人口の推移
(引用元:厚生労働省「介護人材確保の現状について」)
さらに、2040年には85歳以上人口を中心とした高齢化と生産年齢人口の減少が同時に進みます。地域ごとに見ると、ほぼ全ての地域で生産年齢人口は減少し、都市部では高齢人口が増加する一方、過疎地域では高齢人口も減少していくなど、地域差を踏まえた人材確保策が必要となります (出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」2040年の人口構成)。

2040年の人口構成と地域別の人口変化
(引用元:厚生労働省「介護人材確保の現状について」)
現場の職員もこの状況を直接的に感じています。介護労働安定センターが実施した令和6年度の調査では、訪問介護員について「大いに不足」「不足」と回答した事業所の合計は約58%にのぼり、施設系介護職員でも約35%が人手不足を訴えています。不足の理由として最も多く挙げられたのは「採用が困難」で86.6%、次いで「離職率が高い」が18.2%、「事業拡大によって必要人数が増大した」が10.2%でした (出典:公益財団法人介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」)。
労働環境や給与面も依然として離職の要因となっています。国はこれに対し、令和6年度介護報酬改定で3種類あった処遇改善加算を一本化し、介護現場で働く方々にとって令和6年度に2.5%、令和7年度に2.0%のベースアップへと確実につながるよう加算率を引き上げるなど、累次の処遇改善策を講じています (出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」総合的な介護人材確保対策)。
課題② 業務負担の増加 ─ 身体的・精神的負担に加わる事務の重圧
2つ目の課題は、現場職員の業務負担の増加です。介護業務は利用者の身体介助を中心とする身体的負担が大きいだけでなく、認知症対応や利用者ご家族との折衝など、精神的負担も重くのしかかります。
さらに近年は、記録業務や各種書類作成といった事務負担の拡大が深刻化しています。介護保険制度の下では、サービス提供記録、ケアプラン、介護給付費請求書類など、多岐にわたる文書の作成が求められており、職員の勤務時間の相当部分がこうした間接業務に割かれているのが現状です。本来であれば利用者と向き合う時間に充てるべき労働力が書類業務に振り向けられてしまうことは、サービスの質そのものにも影響を及ぼしかねません。
業務の煩雑さは職員のストレスを増大させ、離職率の上昇にもつながっています。介護労働実態調査では、採用に効果があった取組として「賃金水準の向上」(22.5%)に次いで、「有給休暇等の各種休暇の取得や勤務日時の変更をしやすい職場づくり」が19.2%、「人間関係が良好な職場づくり」が12.5%、「本人の希望や人間関係などに配慮した配置・異動」が8.6%と続いており、賃金水準だけでなく働きやすい環境整備こそが、人材定着の鍵であることが示唆されています (出典:公益財団法人介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」)。
課題③ DX化の遅れ ─ 介護現場のデジタル化は道半ば
3つ目の課題は、介護現場におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れです。多くの事業所でデジタルツールやITシステムの導入が十分に進んでおらず、これが業務効率化を阻む大きな壁となっています。
紙ベースでの記録や手書きの書類、電話・FAXによる連絡体制が残る現場も少なくなく、結果として職員の事務負担を増幅させ、質の高い介護サービスの提供や利用者・ご家族とのコミュニケーションにも影響を及ぼしています。また、蓄積されたケア記録や業務データが分析可能な形で活用されにくく、業務改善やケアの質向上につながる知見の共有が進みにくいという課題もあります。
この課題に対し厚生労働省は、「離職防止・定着促進・生産性向上」の柱の下で、介護ロボットやICT等テクノロジーの導入・活用の推進を重要施策に位置付けています。令和6年度介護報酬改定では生産性向上に係る取組を評価する仕組みを新設したほか、都道府県単位で介護生産性向上総合相談センターを設置し、テクノロジー導入支援と雇用管理改善の相談をワンストップで受け付ける体制を整えつつあります(出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」総合的な介護人材確保対策)。
地域医療介護総合確保基金(介護従事者確保分、令和7年度当初予算97億円)においても、介護ロボット・ICT機器の導入支援や総合相談センターの設置を通じた介護生産性向上の推進が、重点施策として掲げられています(出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」地域医療介護総合確保基金(介護従事者確保分)の概要)。
打開に向けて ─ 多様な人材とテクノロジーの両輪で
これら3つの課題を乗り越えるには、人材確保策とDX推進の両輪で取り組むことが不可欠です。
国が掲げる総合的な介護人材確保対策は、次の5本柱で構成されています。
<介護人材確保対策>
- 介護職員の処遇改善
- 多様な人材の確保・育成
- 離職防止・定着促進・生産性向上
- 介護職の魅力向上
- 外国人材の受入れ環境整備
中高年齢者や未経験者を対象とした入門的研修から、介護助手への業務のタスクシフト・シェア、外国人介護人材の活躍に資するICTツール(携帯型翻訳機、多言語対応の介護記録ソフトなど)の導入支援まで、幅広い施策が展開されています (出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」総合的な介護人材確保対策)。
一方で、介護業界は過去20年間で就業者数が約4倍に伸びており、社会の基幹産業として存在感を高めています (出典:総務省統計局「労働力調査」、厚生労働省「令和5年度介護サービス施設・事業所調査」)。今後はこの裾野をさらに広げながら、DXによる業務効率化で一人あたりの生産性を底上げし、職員が専門的なケア業務に集中できる環境を整えていくことが求められています。

他産業との就業者数等の伸びの比較
(引用元:厚生労働省「介護人材確保の現状について」)
具体的なDX推進の切り口としては、以下のような施策が挙げられます。
<介護DX推進の施策例>
- 介護記録のデジタル化と音声入力による記録業務の効率化
- 見守りセンサーによる夜間巡視負担の軽減
- 介護ロボットを活用した移乗介助の身体的負担軽減
- 介護ソフトと請求業務の連携による事務作業の省力化 など
これらは単なるIT導入にとどまらず、業務プロセスそのものを見直し、記録されたデータを経営判断やケアの質向上に活かす循環を生み出すことが重要です。加えて、都道府県単位で設置が進む介護生産性向上総合相談センターを活用すれば、自事業所の課題に合わせた導入計画の策定から補助金の活用、職員研修までをワンストップで相談できる体制が整っています (出典:厚生労働省「介護人材確保の現状について」総合的な介護人材確保対策)。
テクノロジー活用の一例:スマート排尿ケア
排尿ケアの分野でも、こうしたDXの取組が広がりつつあります。その一例が、いわゆる「スマート排尿ケア」と呼ばれる仕組みです。
おむつ内にセンサーを内蔵し、排尿のタイミングや量を自動で記録するスマートおむつシステムや、排尿吸引パッドと連動して排泄処理そのものを自動化する自動排尿ケアロボットなどがこれに該当します。これらの技術は、これまで職員の経験や目視に頼ってきたおむつ交換のタイミングを「見える化」し、必要なときに必要なケアを提供できる環境を整えるものです。
記録作業の自動化によって職員の事務負担を軽減すると同時に、利用者のプライバシーや尊厳に配慮したケアを可能にし、蓄積された排尿データは皮膚トラブルや尿路感染症の予防、個別ケアプランの最適化にも活用できるとされています。身体介助という負担の大きい領域に踏み込んだ事例として、今後の介護現場のあり方を考える一つの参考になりそうです。
おわりに
介護業界が直面する「人手不足」「業務負担の増加」「DX化の遅れ」は、相互に連鎖し合う構造的な課題です。超高齢化と生産年齢人口の減少が同時進行する日本において、単なる増員や処遇改善だけでは限界があります。テクノロジーの積極活用によって現場の生産性を高め、職員が働き続けたいと感じられる環境を創出することが、持続可能な介護サービスを実現する最大の鍵となります。事業者・自治体・国が連携し、デジタル化と人材基盤の強化を両輪で進めることで、2040年に向けた介護業界の未来を切り拓いていけるはずです。

