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介護DXの世界の現状と日本の比較 ─ 北欧・オランダに学ぶ「データ活用」と「現場改革」のヒント ─

超高齢社会と介護人材の不足は、日本だけでなく多くの先進国が直面する共通課題です。本記事では、日本の科学的介護情報システム「LIFE」によるデータ活用、北欧諸国における国民IDを基盤とした医療・介護データ連携、オランダの自律型在宅ケア「Buurtzorg」の事例を取り上げます。制度や文化の違いを踏まえながら、日本の介護DXが今後進むべき方向性を考えます。

 

 

日本・北欧・オランダ ─ 介護制度とアプローチの比較

ここからは、日本の介護DXを考える手がかりとして、海外の事例と比較しながら見ていきます。比較対象とするのは、日本、北欧、オランダです。日本は制度とデータ活用、北欧はIDを基盤とした医療・介護連携、オランダは現場の自律性を重視した在宅ケアに特徴があります。まずは、それぞれの制度・財源と、目指す社会像の違いを整理します。

国・地域

制度・財源

目指す社会像・ケアの考え方

日本

公的介護保険(社会保険方式)。

原則1割、所得に応じ23割の自己負担。

「住み慣れた地域での生活継続」を支える地域包括ケアシステムを推進。

北欧(スウェーデン等)

地方税を主な財源とする公的サービス。

利用者負担は所得連動・上限制で低め。

自立支援・予防を重視し、「できるだけ寝たきりをつくらない」ケア。

オランダ

長期ケア法(Wlz)等の社会保険+地域ケア。

施設依存を避け、地域・在宅での自律的なケアを志向。

日本の介護保険は社会保険方式で、利用者負担は原則1割、一定以上の所得がある人は2割または3割となります(出典:厚生労働省「サービスにかかる利用料」)。また、地域包括ケアシステムは、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援を一体的に提供する考え方です(出典:厚生労働省「地域包括ケアシステム」)。一方、北欧の「自己負担が低い」というのは「無料」という意味ではなく、所得に応じた負担と費用の上限制によって低く抑えられている、という点に注意が必要です。オランダでは、重度・集中的な長期ケアについて長期ケア法(Wlz)が制度基盤の一つとなっています(出典: Government.nl「Long-term care act(WLZ)」)。

図1:日本・北欧・オランダの介護とDXのアプローチ比較

 

日本 ─ 科学的介護「LIFE」によるデータ駆動のケア

日本のDXを語るうえで中心となるのが、厚生労働省(老健局)が運用する「科学的介護情報システム(LIFE:Long-term care Information system For Evidence)」です。2021年(令和3年)4月、それまでの2つの仕組み(VISITとCHASE)を統合して運用が始まりました(出典:厚生労働省「科学的介護情報システム(LIFE)について」)。

LIFEは、全国の介護現場から利用者の日常生活動作(ADL)、栄養状態、口腔機能、認知症の状態などのケアデータを収集・標準化し、一元的に蓄積する国家データベースです。これまで現場スタッフの経験や勘に頼りがちだったケアを、データに基づく「科学的根拠のあるケア」へと転換することを目指しています(出典:厚生労働省「科学的介護」)。

特徴的なのが、全事業所に一律の義務としてデータ提出を求めるのではなく、介護報酬上の加算(科学的介護推進体制加算など)と結び付けることで、参加を促す設計です。なお、LIFE関連加算を算定する場合は、所定のデータ提出とフィードバックの活用が要件となります。提出されたデータは国で分析され、利用者単位または事業所・施設単位でフィードバックされます。各事業所はそれを基にケアプランやサービス内容を見直すことで、データの収集→分析→現場への還元→改善という循環(PDCA)を回す仕組みになっています(出典:厚生労働省「LIFE関連加算について」)。

図2:科学的介護「LIFE」が回すデータの循環(PDCA)

  

北欧 ─ 国民IDを基盤とした医療・介護データの連携

続いて、北欧の国々の現状を見ていきます。北欧諸国の多くでは、国民一人ひとりに付番された個人識別番号を基盤に、医療・福祉などの公共サービスでデータ連携を進めています。ただし、制度設計や接続される情報の範囲、専門職が参照できる情報、本人同意や法的根拠の扱いは国によって異なります。そのため、北欧を一括りに「すべてのデータが自由につながっている」と捉えるのではなく、法制度やアクセス権限の範囲内で、必要な情報を参照しやすい基盤が整備されている、と見るのが正確です。

退院から在宅ケアへ移行する場面でも、過去の診療情報や薬剤情報を参照しやすくなることで、切れ目の少ない支援につながります。重要なのは、ID制度そのものよりも、そのIDを医療・介護を含む公共サービスの中で実際に活用し、データ連携の運用として定着させてきた点です。

図3:北欧諸国の個人識別番号を基盤とした医療・福祉データ連携

   

スウェーデン ─ 人口登録を起点とする個人番号

スウェーデンの個人番号(personnummer)は、人口登録と結び付いた識別番号で、現在も税務当局(Skatteverket)が住民登録の一部として管理しています。つまり、最初から医療専用のIDとして設計されたものではなく、行政・税・住民登録を起点とする仕組みです。この点では、日本のマイナンバーとも共通する部分があります(出典:Skatteverket「Personal identity numbers」)。

スウェーデンの特徴は、個人番号を公共サービス全体の識別基盤として活用し、医療や福祉を含む分野で本人確認や情報連携を行いやすくしている点にあります。IDの出自ではなく、社会インフラとしての使われ方が重要だと言えます。

 

デンマーク ─ sundhed.dkによる国民向け医療ポータル

デンマークでは、個人識別番号であるCPR番号が、e-healthを支える基盤の一つとして位置付けられています。国民向けポータル「sundhed.dk」では、医療記録、検査結果、薬剤情報などを国民が確認できる仕組みが整備されています(出典:Healthcare Denmark「Digital infrastructure」)。

これにより、国民自身が自分の健康・医療情報にアクセスしやすくなるだけでなく、医療機関や専門職間の情報連携もしやすくなります。介護や在宅ケアとの接続においても、医療情報が分断されにくい環境をつくっている点が特徴です。

 

フィンランド ─ Kantaによる全国的な患者データ基盤

フィンランドでは、全国的な医療・福祉データ基盤として「Kanta」サービスが整備されています。Kantaは、患者データを安全に保存し、医療専門職が地域や組織を越えて必要な情報を利用できるようにする仕組みです。公的・民間の医療で生成された情報を一か所に集約する点も特徴です(出典:Kanta)。

また、公的医療・社会福祉提供者には全国アーカイブサービスへの保存義務があり、民間事業者も情報システムを用いる場合はKantaサービスへの接続が求められます。さらに、Kanta PHRではHL7 FHIRに基づくインターフェースも活用されており、法制度と標準化されたデータ連携の両面から基盤づくりが進められています(出典:Kanta)。

 

日本に求められる医療・介護データ連携の視点

日本も、マイナンバーカードの健康保険証利用や全国医療情報プラットフォームの構築を進めており、目指す方向性は北欧と重なります(出典:厚生労働省「医療DXについて」)。違いは、共通IDや制度の有無だけではなく、それを医療・介護の現場でどの程度継続的に使い、情報連携の運用として定着させられているかにあります。

北欧の事例から学べるのは、IDを導入すること自体がゴールではなく、法制度、標準化、アクセス権限、現場での使いやすさを組み合わせて、必要な情報が必要な場面で活用される状態をつくることだと言えるでしょう。

オランダ ─ 官僚主義を排した自律型在宅ケア「ビュートゾルフ」

オランダの代表例が、2006年に看護師ヨス・デ・ブロック氏らが設立した在宅ケア組織「Buurtzorg(ビュートゾルフ)」です。看護師を中心とする10〜12人程度の小規模チームが、管理職を置かずに自律的に運営する「自己管理型チーム」を特徴とします(出典:Commonwealth Fund「Home Care by Self-Governing Nursing Teams: The Netherlands' Buurtzorg Model」)。

背景として、オランダの在宅ケア市場では、業務を分刻みで記録・管理する効率化手法が広がっていました。ビュートゾルフは、政府がそれを一律に撤廃したから生まれたわけではなく、あえてその管理手法を採用せず、看護師が裁量を持って利用者と向き合う方式をボトムアップで選んだ点に本質があります(出典:Buurtzorg International「Our History」「Commonwealth Fund」)。

ここでITが果たす役割は「管理の強化」ではなく「事務の圧縮」です。タブレットや業務システムによる記録・請求・チーム間共有を通じて間接業務を減らし、看護師が利用者と向き合う時間を確保しやすくしています。複数の事例研究では、間接コストが業界平均より低いと報告されています(出典:Commonwealth Fund)。

2015年のCommonwealth Fundのケーススタディなどでは、次のような成果が紹介されています。ただし、これらは特定時点・特定調査に基づく指標であり、現在の全事業所にそのまま当てはまるものではありません。

  • ケア時間:利用者1人あたり年間約108時間で、他事業者の約168時間より少ないと報告されています。
  • コスト:一部資料では、全国的にこのモデルを適用した場合、大きな削減余地があると紹介されています。

職員・利用者:離職率・欠勤率が業界平均より低く、利用者満足度も高いとする報告があります。

ビュートゾルフが示すのは、「ITで人を置き換える」のではなく「ITで事務を消し、人が人に向き合う時間を取り戻す」という、人を中心に据えたDXの発想です。

図4:Buurtzorg の成果(2015年Commonwealth Fundケーススタディ等に基づくケア時間・間接コストの比較)

  

3つのアプローチから日本が学べること

3か国・地域のアプローチは異なりますが、整理すると日本にとって3つの示唆が浮かび上がります。

データ基盤の「連携」(北欧型):番号制度の出自にかかわらず、医療・福祉・行政などの公共サービスで、法制度やアクセス権限の範囲内で必要なデータを参照・連携できてこそ価値が生まれる。日本でも、LIFEによる介護データの蓄積・フィードバックや、マイナンバーを活用した医療情報連携を、「現場で使える」形に近づけることが課題です。

現場の裁量と業務削減(オランダ型):DXの目的は管理の強化ではなく、事務を減らして専門職が利用者に向き合う時間を取り戻すこと。前回記事で触れた「業務負担の増加」に対しても、事務作業の削減や現場裁量の拡大という観点から参考になります。

エビデンスの「循環」(日本型LIFE):データを集め、分析し、現場に返して改善につなげる。この循環を止めずに回し続けることが、ケアの質と生産性を同時に高める。

共通するのは、いずれも「テクノロジーで人を置き換える」のではなく、「テクノロジーで人の時間と専門性を活かす」という発想に立っている点です。

 

おわりに

介護DXのかたちは国によって異なりますが、目指す先は「限られた人材で、質の高いケアを持続させる」という一点で共通しています。前回整理した日本の3課題(人手不足・業務負担の増加・DX化の遅れ)に対しても、海外の経験は「データを現場で活かす」「事務を減らして人に時間を返す」という具体的なヒントを与えてくれます。

制度や文化の違いを踏まえつつ、日本ならではの強み(全国規模のLIFEや、進みつつある医療・介護分野のデータ連携)を活かすことができれば、2040年に向けた持続可能な介護の実現に近づく可能性があります。事業者・自治体・国が連携し、デジタル化と人材基盤の強化を両輪で進めていくことが求められています。

 

本記事の内容は、公開時点での内容のものです。
実際に導入を検討する際は、各製品・サービスの情報は、公式サイトのドキュメント等をご参照ください。

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